きくいち君の牛雑学

(今までに経験してきたことから、牛ってこんな生き物なんだということを表現している)

=牛は群で行動する=

ある牧場でのこと、仕事は病気の牛の発見及び治療である。事務所から4キロくらい離れた場所で、担当の牧夫のトラさんが200頭位の牛を一人で管理していた。その日は、朝から曇りだった、放牧地から水飲み場まで牛200頭を移動させなければ、異常を発見することも、治療もままならない。車から降りて、一番奥の牛を追い始めると、牛が動かない。すると、トラさんにストップさせられた。自分は、時間がないので早く終わらせて、次の牛群に行かなければならないのと説明すると、追ったからといって牛が動かなければ、時間ばかりかかって仕事にならない、少し待て!とのこと、確かにそうだ。30分くらい待っただろうか、トラさんがおもむろに、3、4頭の牛を狙ったように選ぶと、その牛たちの尻を素手でポン、ポンと軽くたたいた。すると、選ばれた牛たちが動き始め、放牧地の入り口に向かい始めた。それからが「目から鱗」である。200頭の牛が、「三々五々」、その3、4頭の牛を筆頭に、整列するかのように、淡々と移動して行き、あっという間に水飲み場に集まってしまった。それからは、牛の状態を「牛から学ぶ」ことを知った。

「学んだこと」=@牛群には、リーダーが必ずいる、A全体は、リーダー群の動きを常に見ながら移動している、Bその日の天候(温度、湿度、草の状態等)によって、牛の動き方は異なる、C人間の都合で、押しつけの管理をしても牛は理解できない、D牛とは「会話」しなければならない。・・・等など。

=分娩牛の番人、カラス=

牛を飼ってから手掛けた分娩は、1500頭以上である。分娩の場所は、牛群とは離れた場所にあり、分娩前後の牛群(人間で言うとマタニティー後期から分娩直後)の真上の屋根で、カラスが馬鹿に騒いで鳴くことがたまたまあった。2羽がつがいでいることは分かっていた。いつ頃からか、気がつくと、カラスが騒ぐと子牛が生まれている。牛を飼っていて、分娩は大変な作業で、子牛が生まれなければ牛乳が出ないし、子牛が正常分娩しなければ、親牛は衰弱して病気になってしまう。難産になるかならないかは、管理にかかっているので、夜、寝ずに分娩を管理しなければならない時もある。受胎した日を基準に、分娩予定日が決まる。ところが、予定日に生まれることは稀である。牛も疲れるが、人間もかなりの疲労感がある。牛舎の仕事は、分娩だけではない、エサ給与、健康管理、発情の発見、受精、治療など、一日があっという間に終わってしまう。分娩の兆候を見逃してしまうと、難産、死産で子牛を死なせてしまうことも少なくない。加えて、親牛の産後のひだちが悪くなり、母乳が出なくなったり、後産が出なくなったり、産道を傷つけてしまったりして、大変な目に遭う。であるから、分娩の兆候を見逃さないことは、牛舎の死活問題であるといっても過言でない。まさか、これは偶然かどうかわからないが、自称・自然科学者の端くれ、カラスと分娩の関係を観察することとした。すると、季節によっても違うが、カラスが分娩舎の屋根で「カー、カー」と、それもかなりしつこく、人間に教えているかのように鳴くと、それから3日位して分娩することが分かった。まさか、である。それからというもの、カラスが、分娩舎の上で、教えてくれたら、分娩の準備をして、外出をしないように気をつけるようにしている。分娩事故は間違いなく減ったのである。何故そうなるのか、いまだ、端くれの域を脱していない!しかし、カラスを敵扱いせず、仲間だと思うようになった。(ただ、時には、頭にくるいたずらをすることもあるので、相殺することもある。)

「学んだこと」=人間、牛、カラス、犬、猫、ヤギ、etc、牛舎の周辺の生き物たちは、みんなで助け合っている。人間は、彼らの個性を理解し、尊重することも必要だということ。

=群の中の分娩=

その時は、分娩舎には10頭前後の牛が、常に入っていた。分娩舎以外の群では、いろいろなことで牛同士の争いが絶えない。妊娠鑑定が終わると妊娠群に移動することになる。すると、とたんに動きが少なくなり、争いがなくなるのである。(中にはどうしようもない奴もいないではないが、稀だ。) 牛は、群の中では必ずと言って、上下の順列を決める。それが、悪いことではないという現象を、目の当たりにした時がある。群では弱い方だった、痩せている牛が分娩を開始した。分娩の時は、牛には近づかず、遠くから双眼鏡で観察することにしている。それは、分娩を開始した牛に近づくと、座っていた牛が危険を感じて起立してしまい、分娩がとん挫してしまうので、胎児は腹腔に逆戻りしてしまうからである。自分のペースで分娩をしている最中に、急に人間が心配だからといって近づくのは、特に分娩時は、免疫力が一番低下するともいわれているので、牛はピリピリしている訳で、集中力が切れてしまう可能性は大だからだ。難産を人間が助長してしまうことにもなる。分娩は始まった。周りの牛たちもそれを心配(そんな目をしているからだ)そうにみていると、一回目の破水(尿膜破水という)が起きて、尿膜が破けて尿水が多量に出る。すると、周りにいた強い牛数頭が、それを一斉に飲み始めた。その時、牛舎の見回りをしていた番犬が、分娩中の牛に近づこうと臭いをかぎに来た。それを、強い牛たちが犬を近づけまいと、追い払う。そんな時間が1時間位した後、今度は、2回目の破水(羊膜破水という)が起きて、胎児の前足の蹄が出てくる。その羊水も強い牛たちが、臭いを嗅ぎながら、すする。跡形もなくである。すると、最後の踏ん張りをしたと思ったら、胎児がやっと出てきた。普段は、生んだ親が子牛の体の表面をなめて乾かしたり、後産(胎児に栄養を送っていた胎盤のこと)を自分でおいしそうに食べてしまうのだが、産んだ後、親が体調が悪かったのか、なかなか立たない。心配そうに近づいた強い牛たちが、後産を食べてしまった。そうしたうちに、親が立ち上がり、子牛を呼ぶ唸り声をあげると、子牛も立ち上がり、真っ先に親牛の方に向かって歩き出し、親牛も、子牛が母乳を飲みやすいように誘導する行動もあり、あっという間に「おっぱい」にありついた。子牛が誤って,他の牛の方に臭いを嗅ぎながら近づこうとすると、さっきは羊水を飲んでいた牛も、その子牛をいかにも「お前のおっかさんは、あっちだ」と言わんばかりに、追いやって近づけようとはしない。たまには、自分の子牛以外のも飲ませてくれる奴もいるが、稀である。

「学んだこと」=@群で飼っていると、群を守ろうとする何らかの行動があるらしい、A草食動物と分類されている牛も、肉(後産)を食べる時がある、B生まれたばかりの子牛が初めて親牛を確認するのは、親牛の声と臭いであるということ、C親牛は、子牛を、母乳が飲みやすいように誘導する。

=分娩中に何が起きているか=

分娩が始まると、陣痛が起きるが、牛というやつは、「痛み」の表現がへたくそな為、しっかり観察をしなければならない。シッポを少し挙げたと思うと、小刻みに左右に振り、座ったり立ったりを繰り返す。これは、お腹の中では、胎児が母牛に一番負担がかからないで分娩ができるような態勢を探っている。胎児は、お腹の中では、最初から正面を向いている訳ではなく、横向きで寝ているような状態、徐々に、子宮の収縮におされるように回転しながら正常な位置になって行く。もし、胎児の位置が無理であると、母牛はそれこそ陣痛が強すぎるので、立ってもう一度やり直す。その繰り返しをしながら、産道が徐々に開いてくるのと、子宮の収縮が相まって、産道へと胎児が押し進められる。骨盤の位置に前足の膝と頭部が一緒に乗った状態が、産道が最大に開いたということで、羊膜が破水(羊水はドロドロしていて、産道と胎児の粘活剤の役目をする)し、胎児の前足の上に鼻っ面が舌と一緒に見え始める。ここまでくれば、一安心である。母牛は、唸り声を出しながら最後の踏ん張りをすると、スルっと胎児が出てくる。これで、分娩が終わったわけではない、数時間以内に、後産(胎児に栄養を送っていた胎児側の胎盤)が排出されて、はじめて終わったことになる。不思議なことに、草食動物である牛が、後産(肉の塊)をおいしそうに全部食べてしまうのである。

「学んだこと」=牛が後産を食べること

=生まれた子牛の舌(ベロ)がない?=

分娩に必ず立ち会えるとは言えない。予定日が早かったり、分娩の前兆が分からないケース、難産で分娩に時間を要した場合など、生まれてしまってから分娩が分かることもないではない。スタンチオン牛舎内ではないが、パドック等の舎外で分娩することもあり、分娩管理ができないこともあり、そんな時にめったにないが、生まれた子牛の舌が、何者かに食べられたとしか考えられない状況に唖然とすることがある。こんな残酷な事をする動物を想像すると、一番頭に浮かぶのは、キツネである。食べているところを直接目の前で見たことはないのだが、こんな食べ方をする、肉を喜ぶ野生の生き物はそんなにいない。罠を仕掛けて、かかっているのは、ほとんどがキツネである。分娩の時は、血なまぐさい臭いがすることは間違いないので、野生動物が臭いをかぎつけて、周りに近づいていることは十分考えられる。野良犬も考えられるが、最近では、「狂犬病予防法」により、野犬の駆除は徹底的に行われているので、可能性は低い。おそらく、分娩に時間がかかり、鼻っ面と舌が出た状態で長くいると、母牛は陣痛で目いっぱいなので、キツネがきていても何もできない。偶然が重なったとしか言えないが、自然との境界線で農業を営んでいると、野性動物による被害が、それ以外でもかなりある。生まれた子牛は、生きているケースもあるが、舌がなくては「おっぱい」が飲めない。残酷だが、これも現実だ!! ヒグマに襲われた事例もあるくらいだ!!

「学んだこと」=野性動物と共生することの難しさ

=青草を食べられない牛=

牛は草食動物の代表である。が、放牧地に入れても、草を食べずに「モー、モー!」となくばかりで、いっこうに草を食わず、歩きまわっていることがあった。育成牧場という、里の農家から夏の間、若牛を預かって放牧させて、青草をいっぱい食べて足腰を丈夫にして、妊娠をさせてから帰す、公共牧野に勤務しているときのこと。地域によっては、農地面積が少なく、青い草はほとんど食べることなく入牧するケースも少なくない。牛は、母親から、育った環境の中から、食べる情報をもらい、発育するが、母親の母乳からの情報(青草に関する)がなく、生まれた後も青草を食べている母牛を見ることもなく、食べたこともない牛が放牧されても、どうしていいかわからないのは当然かもしれない。まず、エサを認識する「青草の臭い」嗅いだ事がないため、目の前の青草を食べるものと認識できない訳である。「青草を食べられない牛」も、周りにいる先輩たちから学習して、食べられるようになるのも何日もかからない為、病気になることはない。ご心配なく!

「学んだこと」=種の為の情報の伝達は、大切なことである

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